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最高裁判所第一小法廷 昭和25年(オ)337号 判決 1954年1月21日

鳥取県東伯郡倉吉町大字新町一丁目

上告人

井上くすの

右訴訟代理人弁護士

花房多喜雄

右訴訟復代理人弁護士

梶村謙吾

同県同郡同町大字福吉町一丁目

被上告人

蓑原定寿

右訴訟代理人弁護士

田中秀次

右当事者間の執行文付与請求事件について、広島高等裁判所松江支部が昭和二五年九月一日言渡した判決に対し、上告人から全部破棄を求める旨の上告申立があり、被上告人は上告棄却の判決を求めた。よつて当裁判所は次のとおり判決する。

主文

原判決を破棄する。

本件を広島高等裁判所に移送する。

理由

上告訴訟代理人弁護士花房多喜雄の上告理由について。

第二点、本件においては、所論和解調書の「原告(被上告人)が被告(上告人)の為、相当なる店舖用の家屋を借家方仲介提供したときは、被告(上告人)は本件家屋を明渡」す旨の条項の条件を充たすため、被上告人が現に居住する「建物の半分を適当と認め、被控訴人(上告人)に貸与方提供した」ことは、原判決において当事者間に争なき事実として認定されている。そして、提供された建物が所論和解条項にいわゆる「相当なる店舗用の家屋」を提供したことになるかどうかが、本件における主要な争点となつている。それ故、提供される建物の特定なくしては、「相当なる店舖用の家屋」に該当するか否かは、判断のできよう筈がないのである。この点に関し原判決は、その理由中(4)において、被上告人が提供する家屋部分として、「階下店舖用土間六畳、階上八畳」と一応認定はしているようであるが、同理由(6)において「被控訴人(上告人)においてながし、便所、湯殿等を独占使用することとし、控訴人(被上告人)においてこれらを使用しないこととせば」とのみ判示するところから見れば、右のながし、便所、湯殿等が提供部分に包含されているかどうかを確定しているものとは認め難い。さらに記録によれば二階に通ずる階段は一箇しかないがその使用関係はどうなるかについての認定はなされていない。しかのみならず、原判決は提供家屋につき設定さるべき権利関係に関する本件和解条項の趣旨が、家屋以外の点については従来と同一条件の賃貸借関係が成立するか、期間その他につき新な条件のそれが成立するかについて何等判示することなく、漫然その理由中に「附言」と題し「控訴人はその居住家屋を被控訴人に提供して居住せしめる期間は原審検証の現場では三年乃至五年位と述べ、当審検証の現場では一、二年位と述べておるけれども、被控訴人において安定した店舗及び住居が見つかる迄期間の点には捉われることなく心よく被控訴人をして居住せしめることを希望し期待する」と説示しているのである。要するに原判決においては、提供すべき家屋を明確に特定することなくして、代替としての「相当なる店舖用の家屋」に該当すると判示し、且つ提供家屋につき設定される権利関係を明確ならしめていない点において審理不尽の違法があるから、原判決を破棄して、本件を広島高等裁判所に移送するを相当とする。

よつて民訴四〇七条に従い全裁判官の一致で主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 真野毅 裁判官 斎藤悠輔 裁判官 岩松三郎 裁判官 入江俊郎)

昭和二五年(オ)第三三七号

上告人 井上くすの

被上告人 蓑原定寿

上告人代理人花房多喜雄の上告理由

一、原判決は法令に違背した違法がある。

本訴執行文付与の訴は和解調書記載の条件の成就したことを被上告人に於て証明することが出来ないので其事実の承認を相手方に請求する給付訴訟であり判決も亦其旨の給付判決が為さるべきであるに原審は執行文を付与すべき状態を生じさせることを裁判所に求むる刑成訴訟か又は執行文付与条件の具備の確認を求むる訴であると解し上告人の主張を排斥したのは民事訴訟法第五百二十一条の解釈を誤解したるに出でた判断で違法たるを免れない。

二、原判決には理由齟齬の違法がある。

第二審判決理由中に説示してゐる通り被上告人が第一審以来主張してゐる提供建物は、被上告人現在に係る鳥取県東伯郡倉吉町大字福吉町一丁目千百二番所在建物の半分である。

従つて此判決に従えば上告人は右建物の半分を被上告人より仕切つて賃借することになるのであるが

之を果して半分に分割することが出来るであらうか。

原審並に原審に於て引用せられた第一審検証の結果に依り明なる如く裏側は三角形の頂点の如き形状をして居り此建物を折半するに於ては階下六畳の間の途中を仕切るの他なく、斯くては階上に昇る階段は家に向つて左側半分に属するから被上告人の占用範囲に入ること極めて明瞭である従つて上告人は階上に上る階段がない又、別に階段を作ることは構造上不可能である。

のみならず炊事場の一部は上告人占用部分に入るけれども其一部と湯殿は被上告人占用部分に属すること検証調書と其付図に照らし明白である。

斯の如き状態に於て該建物の半分の提供があつたとて之が本件和解調書記載の適当なる店舗用建物の借家方仲介提供と謂うことは出来ない。

上告人自身も該建物の折半提供が前叙の如き不都合を生ずるので裁判所の心証を得ることの困難なるを覚知し第一審裁判所の検証の際に、現場に於て、右建物の三分の二に相当する部分を上告人に賃貸すべき旨の指示を為し、階段は上告人占用部分に入れるし又、風呂場、便所、炊事場も上告人の占用に属せしむる旨申立てたことは第一審検証の結果に徴し之を明に知ることが出来る。

第二審検証の際にも右と同様の指示を為し被上告人が使用すると称する階上表四畳の間には階下の時計置場より別の階段を新設して昇降をなし、上告人占用部分である階上の八畳の間との間の襖は之を板張とすると附陳したことも検証調書の記載に依り之を知ることが出来る然れども上告人が第一審以来主張して来た処は原判決理由冒頭所載の如く本件建物の半分であり、前記検証の際に於ける被上告人の指示に基く提供部分の範囲の拡張は被上告人の主張としては請求の趣旨及請求原因事実として変更附加されてゐない。

此事実は被上告人の第一審訴状並第一、二審口頭弁論調書の記載に依り明である。

然るに原判決は其理由(6)に於て「控訴人主張のように控訴人現住家屋中控訴人が被控訴人に提供しない部分と提供する部分との境界は板張とし尚被控訴人に於て流し、便所、風呂場を独占使用することゝし控訴人に於ては之を使用しないことゝせば実質的には一棟二戸建の家となり仮りに両家族が一棟の家に住むとしても同居に依る弊害は全然なく被控訴人に於て将来いびり出される心配はないこと」と判断したのである。

検証に際し被上告人が前叙の如き半分以上三分の二に近い範囲の賃貸指示をしても之を請求趣旨又は請求原因として訂正補足し又は口頭弁論に顕出して其主張を明確にした上でなければ斯の如き認定は出来ない筈であるに拘らず、原審は被上告人が其主張を変更した事を前提として右の如き認定をしたものであるが被上告人は主張としては該建物半分の賃貸提供を主張し続けてゐるもので原判決も理由冒頭に該事実は当事者間に争ひなしとして掲げてゐる然るに後半の説明に於て何時の間にやら半分以上三分の二程度の賃貸提供ありたるものの如くにして和解条項の条件を具備した店舖用建物の提供のあつたものと認めると断定したのは首尾矛盾し原判決は理由齟齬の違法あること洵に明瞭であり破毀を免れない。

現在の上告人居住家屋と右被上告人居住家屋との場所的の優劣其他に付ては事実審たる原審認定に服するの他はないが前叙の如き不確定なる賃貸提供部分又は階上、便所、炊事場、風呂場の除外せらるる折半部分では寡婦である上告人と被上告人との共同生活は到底事実上併立しない関係に在り借家事情困難なる状勢下に於ても之に移転を命ずることは正義人道に反する甚しき不当の判断たるの誹りを免れないと信ずる。

以上

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